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The Silicon Moat — AIの戦争は、もう「頭の良さ」では決まらない

ChatGPT、Claude、Perplexity、Gemini、Copilot、Llama、Apple——7つのプレイヤーの本当の勝負は「インフラ」と「生活圏」にある。IQ競争から兵站戦争へ。

Strategy Hardware Economics Infrastructure

The Silicon Moat

「賢さ」の時代は終わった?——半分だけ正解

この記事でわかること:

  • なぜ「どのAIが一番賢いか」だけでは勝負がつかなくなったのか
  • なぜGoogle(Gemini)は、他のAI企業と「土俵」が違うのか
  • 開発者でも経営者でもない自分が、この争いから何を学べるのか

2024年、世界は「どのAIが一番賢いか」を競っていた。 ChatGPT-4、Claude 3 Opus、Gemini 1.5 Pro。 ベンチマークスコアを比べ、「誰が勝つか」で盛り上がっていた。

2025年、その競争は新しい段階に入った。 性能差は縮まったが、「何が得意か」が明確に分かれた。

  • コーディング能力: Claude(Opus 4.5 / Sonnet 4.5)が開発者から高い支持を得ている
  • 長尺動画の理解: Geminiは数時間クラスの動画まで扱える、長尺マルチモーダルの先頭グループ
  • 汎用性: ChatGPTが安定。何を聞いても無難に答える

(2026年に入り、Claude Opus 4.6やGPT-5.3-Codex、Gemini 3など新世代が続々と登場。コーディング分野ではClaude・GPTの複数モデルがトップグループを形成し、「誰が一番賢いか」はさらに測りにくくなっている。

「誰が一番賢いか」は、まだ意味がある。 でも、もっと重要な問いが浮上した。

「その天才AI、誰の土俵で戦っているのか?」 「その賢さ、どれだけのコストで維持できるのか?」

ChatGPTを使うとき、あなたはOpenAIがMicrosoft Azure上で動かしているNVIDIAのチップに接続している。 Claudeを使うとき、あなたはAnthropicが借りているGoogleまたはAmazonのクラウドに接続している。 Geminiを使うとき、あなたはGoogleが自分で作ったチップ(TPU)、自分で運営するYouTube、自分で配る 30億台 のAndroidスマホに接続している。

この違いが、今後5年のAI市場を決める。

2026年、勝負を決めるのは「IQ」ではない。 「体力」(コスト)と「土地」(生活圏)だ。

これは「IQ競争」ではない。「兵站戦争」 だ。

The Players — AI戦争の群像

ChatGPT(OpenAI): クラスの人気者

OpenAIは、AI時代の「顔」だ。月間アクティブユーザー数は 数億人規模 (研究者の推計では2025年末時点で週次8億人超とも)。消費者の脳内で「AI = ChatGPT」という等式が成立している。画像生成、音声会話、データ分析と何でもこなす器用さ。年間売上は 100億ドル超 (2025年6月ARR。その後さらに成長)。

しかし、その足元は脆い。

ChatGPTは、話題の新しいカフェだ。おしゃれで、メニューも豊富。行列ができている。でも、その店は 「物件を借りて」 営業している。家賃(クラウド代)と食材費(チップのレンタル料)が重い。

  • チップ: NVIDIAのGPUをMicrosoft Azure経由でレンタル。2025年半ば、一部のワークロードでGoogle Cloud(TPU)の利用も開始 ——コスト削減のために競合のインフラに頼る構図
  • コスト構造: AIに質問するたびにかかる計算コスト(推論コスト)の大半が、インフラ利用料として外部に流出する
  • 集客: 専用サイト・アプリへの来訪が必要。認知維持や課金誘導のためのマーケティングコストがかかり続ける

客が増えるほど、家賃も上がる。先駆者だが、インフラは借り物。家賃が重い人気店。

Claude(Anthropic): 職人気質の秀才

Anthropicは、AIの「安全性」と「品質」で差別化を図る。2026年、コーディング能力で特に高い評価 を得ている。SWE-bench Verified(実際のソフトウェア開発タスクでAIを評価するテスト)でClaude Sonnet 4.5 / Opus 4.5がトップクラスのスコアを記録し、最新のOpus 4.6もその水準を維持している。もっとも、GPT-5.3-CodexなどOpenAI側の追い上げもあり、「コーディング最強」の座は複数モデルが争っている状態だ。

Claudeは、隠れ家レストランの名シェフだ。味は確かだし、素材にもこだわる。ミシュランガイドには載っている。でも、店は小さい。チェーン展開する体力もないし、配達サービスもやっていない。

  • チップ: NVIDIAのGPUをGoogle Cloud(GCP)とAmazon Web Services(AWS)から借りている
  • エコシステム: GmailやYouTubeのような「既存の巨大ユーザー基盤」を持たない
  • 配信チャネル: 専用サイトとAPIのみ

品質は一流、でもスケールに限界。隠れ家の名店。

Perplexity: 検索特化のハイブリッド戦略

Perplexityは、AIネイティブの検索エンジンとして独自の地位を確立した。他のプレイヤーとは戦い方が根本的に異なる。

  • 独自モデル: Sonar(Meta Llama 3.3ベース、検索に最適化した自社開発モデル)、Sonar Pro、R1 1776
  • 外部モデル統合: OpenAI・Anthropic・Googleの最新モデル群(GPT-5系、Claude 4.x系、Gemini 3系など)を選択可能
  • 2026年2月: Model Council を発表——複数AIに同時に質問し、最良の回答を統合する新技術

Perplexityは、自分の得意料理(検索)を持つレストランだ。お客さんの要望に応じて提携店(GPT/Claude/Gemini)のメニューも出せる柔軟性がある。3人のシェフに同時に作らせて、一番良いものを出す ——それがModel Councilだ。

ただし、インフラは借り物。自前のデータセンターも、30億人の生活圏も持っていない。

検索という武器で戦う、ハイブリッド戦略の異端児。

Gemini(Google): 全てを持つ巨人

Googleは、他のプレイヤーとは根本的に異なる存在だ。

Geminiは、自分の農場と工場と配送トラックを全部持っている巨大チェーンだ。他社が高い食材を市場で買っている間、自分で野菜を育て、自分のトラックで配り、自分の店(Gmail、YouTube、Android)で売っている。

  • TPU(Tensor Processing Unit): GoogleがAI用に自社設計した専用チップ。外部試算では、NVIDIAのH100と比べて「同じお金で出せる計算量」が 最大で数倍 とされることもある
  • データセンター: 世界40拠点以上、自社設計のサーバーラック
  • エコシステム: Gmail 約18億人、Android 30億台超、YouTube 20億人超
  • Google検索: 1日数十億クエリ
  • 有料プラン: 月額19.99ドルのGemini Advanced(旧Google One AI Premium、現在は「AI Plus」にリブランド中)を2024年から提供

自前のチップ工場と、30億人が住む街を持つ帝国。


ここまでが、AIの「モデル性能」で直接勝負する4者。 だが、この戦争には 「別の武器」で戦う者たち がいる。彼らはモデルの賢さではなく、「どこで使われるか」「チップを誰が握るか」「オープンかクローズドか」——戦いの軸そのものを変えようとしている。

Copilot(Microsoft): オフィスビルのオーナー

Microsoftは、Googleとは 別の「生活圏」 を持っている。

あなたの「仕事の1日」を思い浮かべてほしい。朝、Windowsを立ち上げ、Outlookでメールを確認し、Teamsで会議に出て、Excelで数字をまとめ、WordやPowerPointで資料を作る。プログラマーならGitHubでコードを書く。転職するときはLinkedInを開く。——この全てが、Microsoftだ。

GoogleがGmail・YouTube・Androidで 「消費者の街」 を所有しているなら、Microsoftは 「オフィス街」 を丸ごと所有している。

  • クラウド: Azure——AWSに次ぐ世界第2位のクラウド基盤
  • チップ: 独自AIチップ「Maia」を開発中。ただし本格稼働はまだこれから
  • OpenAI投資: 130億ドル超(約2兆円規模)を出資し、ChatGPTのインフラを提供。同時に、自社Copilotも展開する 二重戦略
  • エコシステム: Windows 10億台超、Microsoft 365 数億人、GitHub 1億人超、LinkedIn 10億人超

Googleの強みは「消費者として生活する場所」にAIを埋め込むこと。Microsoftの強みは「ビジネスパーソンとして働く場所」にAIを埋め込むこと。毎朝出勤する数億人が、意識せずにCopilotに触れる。

ただし弱点もある。Microsoftは「OpenAIに投資してChatGPTを支える」のと「自社Copilotで競争する」を同時にやっている。家賃を払う借家人に投資しながら、隣で自分も店を出している ——この二重構造がいつまで維持できるかは不透明だ。

Googleが「消費者の街」なら、Microsoftは「オフィス街」。あなたの仕事時間は、すでにMicrosoftの上にある。

Llama(Meta): 道路を無料で配る地主

この記事のタイトルは”The Silicon Moat”——シリコンの「堀(モート)」だ。全てのプレイヤーが、自分の堀を深く掘ることに必死になっている。

Metaは、その堀を自ら埋めにかかっている。

MetaはLlama(ラマ)というAIモデルを、一定のライセンス条件のもとで 誰でもダウンロードして使える「オープンウェイト」モデルとして公開 している。企業も研究者もスタートアップも、条件の範囲内で自由に使え、改造もできる。OpenAIやGoogleが「秘伝のレシピ」を金庫に入れている横で、Metaは レシピを広く配っている

なぜこんなことをするのか?

比喩で説明しよう。あなたが広大な土地(Facebook、Instagram、WhatsApp——月間約40億人が使うSNS群)を持つ不動産王だとする。その土地の価値を上げるには、人が集まる必要がある。人が集まるには、道路が必要だ。だから堀を埋めて、道路と公園(AIモデル)にしてしまう。 道路を使う人が増えるほど、沿道の自分の土地の価値が上がる。

  • モデル: Llama 4シリーズ(2025年〜)をオープンウェイトで公開。世界中の企業や開発者がライセンス条件の範囲内で利用・改変可能
  • ユーザーベース: Facebook / Instagram / WhatsApp合計で月間約40億人
  • チップ: 独自のMTIA(Meta Training and Inference Accelerator)を開発し、データセンターでの実運用も進めている
  • 戦略: AIモデルを「日用品化」し、それを使ったサービスが増えるほど、SNSプラットフォームの価値が上がる構造
  • 強み: AIモデルが水道や電気のような「当たり前のインフラ」になるほど、「人が集まる場所」を持つMetaが有利になる
  • 弱み: モデル自体からは直接お金を稼げない。SNS広告収入への依存が続く

この戦略が意味するのは、AIモデルの性能差がどんどん縮まる未来だ。多くの企業がLlamaを使えるなら、「賢さ」はもはや差別化にならない。そうなったとき、勝負を分けるのは 「人がすでに集まっている場所」を持っているかどうか ——結局、エコシステムの話に戻ってくる。

他の全員が「堀を深く掘る」競争をしている横で、Metaは「堀を埋めて道路と公園にする」戦略を取っている。異端だが、理にかなっている。

Apple Intelligence: 城壁の中の自給自足都市

ここまで紹介したプレイヤーには共通点がある。全員、クラウド(巨大データセンター)で戦っている。 あなたの質問はインターネットを通じて遠くのサーバーに送られ、計算され、結果が返ってくる。

Appleは、まったく違う場所で戦っている。あなたのポケットの中だ。

Apple Intelligence(2024年発表)は、iPhoneやMacの中に搭載されたAI専用チップ(Neural Engine)で、データを外部に送らずに処理する 。メールの要約も、写真の検索も、文章の書き直しも、あなたの端末の中だけで完結する。

他のプレイヤーが「巨大な発電所」(クラウド)を建てる競争をしている中、Appleは 「各家庭にソーラーパネル」 を配っている。発電量は小さいが、自分のものだ。停電(サーバー障害)の心配もない。そして何より、電力会社(クラウド企業)にデータを渡す必要がない。

  • チップ: Apple Silicon(A/Mシリーズ)内蔵のNeural Engine。AI処理をデバイス上で完結させる設計
  • デバイス: iPhone、iPad、Mac、Apple Watch合計で 約25億台 のアクティブデバイス(2026年初時点)
  • プライバシー: データをクラウドに送らない「オンデバイスAI」が基本設計。プライバシー規制が厳しくなるほど有利になる
  • クラウド補完: 端末だけでは処理しきれない高度な質問には、Appleが設計した「Private Cloud Compute」や、OpenAIとの連携で対応
  • エコシステム: Siri、写真、メール、Safari、メッセージに順次統合中

弱点は明確だ。ポケットの中のチップでは、巨大データセンターの計算力にはかなわない。最新の大規模モデルを動かすのは難しい。「城壁の中で自給自足する都市」は安全だが、城の外の巨大農場(クラウド)ほどの収穫量は出せない。

しかし、「プライバシー」という城壁は、年々高くなっている。EUのGDPR、米国の州法強化——個人データの扱いが厳しくなるほど、「そもそもデータを外に出さない」Appleの設計思想は構造的に有利になる。

クラウドの外でも本気で戦える、数少ない大規模プレイヤー。約25億台のデバイスが、そのまま「分散型のデータセンター」になる。

ここまでのまとめ: 7者の戦い方はそれぞれ違う。だが、この先で見ていくのは「なぜ、その違いが長期的な勝敗を分けるのか」だ。鍵になるのは「コスト構造」と「エコシステム」——次章で詳しく見ていく。

7者の構図

AIたとえると強み弱み
ChatGPT話題のカフェ(借家)知名度、汎用性家賃(インフラ代)が重い
Claude隠れ家レストランコーディングに強い店が小さい(スケールの壁)
Perplexity得意料理+提携店検索特化、柔軟性インフラ借用
Copilotオフィスビルのオーナー仕事の生活圏を掌握OpenAI依存との二重戦略
Llama道路を無料で配る地主オープン戦略で業界標準狙いモデル単体では稼げない
Apple城壁の中の自給自足都市プライバシー、約25億台のデバイスクラウド規模に限界
Gemini農場付き巨大チェーン全部自前でコスト効率が高い規制リスク

The Shift — 本当の戦場は「裏側」にある

ここから先は、チップやインフラの話が出てきます。先に用語を整理しておきます。

用語ミニガイド

GPU: もともとゲーム用だった高性能な計算チップ。今はAIの「筋肉」として世界中で使われている。最大手はNVIDIA社。

TPU: Googleが自社用に作ったAI専用チップ。汎用GPUと違い、特定のAI計算だけに特化した「工場の専用ライン」のようなもの。

推論コスト: AIに質問したときの「1回あたりの原価」。ユーザーが増えるほど、このコストが積み上がる。

「賢さ」は分化した——もう単純比較できない

スマホを選ぶとき、もうCPUの速度「だけ」を比べる人はいない。「カメラ性能」「バッテリー」「どのアプリが使えるか」で選ぶ。AIも同じフェーズに入った。

2024年: 「誰が一番賢いか」 2026年: 「何が得意か × どれだけ安く × どこに統合されているか」

勝負の軸①: 「体力」(コスト構造)

AIを動かすには、膨大な計算が必要だ。その計算を担うのが「チップ」(半導体)。現在、世界中のAI企業が使っているのはNVIDIAのGPU。高性能だが、高い。しかも品薄。

レストランの食材調達で例えるなら:

高級食材を市場で買うレストラン(OpenAI、Anthropic、Perplexity)

  • 毎日、デパ地下で高級食材を仕入れる
  • 仕入れ値が高い。利益が薄い
  • 食材が品薄になると、仕入れできない

自分の農場を持つレストラン(Google)

  • 自分の畑で野菜を作り、自分の養鶏場で卵を採る
  • 仕入れコストは製造コストのみ
  • 供給が途切れる心配もない

しかも、OpenAIは「食材が足りない」と困って、2025年半ば、Googleの農場から一部の食材を分けてもらう ことにした。競合のインフラに頼らざるを得ない構造的脆弱性。

この先、細かい数字は「イメージ」として読んでください。覚える必要はありません。この4社の中で 「自前でクラウド用AIチップを大量投入している」のはGoogleだけ 。他の3社は、NVIDIAなど外部ベンダーのGPUをクラウド経由でレンタルしている——このイメージが大事です。

ChatGPTClaudePerplexityGemini
チップNVIDIA + Google TPU(借用)NVIDIA(借用)借用TPU(自社製造)
クラウドMicrosoft(借用)Google/Amazon(借用)借用自社運営
コスト指数100(基準)12011020前後

※コスト指数は構造的な差を示すイメージ図。ワークロードや条件で変動し、実際のAPI価格とは異なる

勝負の軸②: 「土地」(エコシステム統合)

AIがどれだけ賢くても、使われなければ意味がない。

店舗型ビジネス(ChatGPT、Claude、Perplexity)

  • 専用の店を構えている
  • お客さんに「わざわざ来店」してもらう必要がある
  • 広告を打ち、SNSで宣伝し、集客する
  • 集客コストが恒常的にかかる

生活インフラ型ビジネス(Gemini)

  • あなたが毎日使うメール、毎日見る動画、毎日触るスマホに組み込まれている
  • わざわざ選ばなくても、自然に使っている
  • 集客コストがほぼゼロ

具体例で実感する:

あなたがGmailで「来週の会議の予定を教えて」とGeminiに聞く。Gmailのメールを読み取り、カレンダーを確認し、答えてくれる。

あなたがYouTubeで「この動画の要約を教えて」とGeminiに聞く。動画の内容を分析し、3行で要約してくれる。

ChatGPTで同じことをやろうとすると? わざわざChatGPTのサイトを開き、手動でメールをコピペし、結果を見てまたGmailに戻る。

この「手間の差」が、長期的には圧倒的な利用頻度の差を生む。

ここでも構図が大事です。Geminiは、あなたの毎日の生活インフラ(Gmail、Android、YouTubeなど)に直接組み込まれている ——この規模感が、他のAIサービスとの決定的な違いです。

ChatGPTClaudePerplexityGemini
接点専用サイト・アプリ専用サイト・アプリ専用サイト+ブラウザ拡張Gmail、YouTube、Android、検索、Drive、Maps、Chrome
リーチ来訪が必要来訪が必要来訪が必要30億人超が既にいる
集客コスト恒常的恒常的恒常的ほぼゼロ

ここまでのまとめ: AIの戦場は「頭脳」から「兵站」に移った。コスト構造ではGoogleのTPUが突出し、エコシステムでもGoogleの生活インフラ統合が圧倒的。次章では、この構造的優位の具体的な中身と、それでも残るリスクを見ていく。

The Empire — なぜGoogleが頭一つ抜けているのか

秘密①: 自前のチップ工場(TPU)

前章では「Googleが自前チップを持つ」という構図を俯瞰した。ここでは、その技術的ディテールと決定的なエピソードに踏み込む。

Googleは2016年からTPUを自社開発している。外部の技術分析では、最新世代のTPUはNVIDIAのH100と比べて、ワークロードによっては 「同じお金で出せる計算量」が最大で数倍 とされることもある。正確な倍率はタスクや条件で変わるが、構造的に「自前で作る方が安い」という差は明確だ。

  • 設計: Googleが自社で設計し、TSMCに製造を委託
  • 最適化: TensorFlowおよびJAXに最適化。AI計算に特化した設計
  • 世代: TPU v5e(2024年)は前世代比で推論効率が 2倍以上 向上
  • 排他性: NVIDIAのGPUは「市場で誰でも買える」。TPUは「基本的にGoogleだけが使える」

決定的な出来事——2025年半ば 、OpenAI(ChatGPTの会社)は、一部のワークロードで 競合であるGoogleのTPUを利用し始めた とReutersなどが報じた。前章の比喩でいえば、ライバルレストランが「食材が足りない」とGoogleの農場から分けてもらっている状態だ。

秘密②: 30億人が既に住んでいる街

前章の「エコシステム統合」を、サービス単位の数字で具体化しよう。Googleは「新しいサービスを作る」必要がない。 すでに30億人が使っているサービスに「AIボタン」を追加するだけだ。

サービス月間ユーザーAIとの接点
Android30億台超OSレベルでGeminiが統合
YouTube20億人超動画要約、レコメンド
Gmail約18億人メール要約・作成支援
Google検索1日数十億クエリAI Overview(検索結果にAI回答を統合)
Google Workspace30億人以上ドキュメント・スプレッドシートへのAI組込

他社が「ゼロから集客する」のに対し、Googleはすでに住民がいる街にAIを追加するだけ。この差は、時間が経つほど広がる。

秘密③: 安売り競争でも無傷でいられる理由

2025年1月、AI業界に衝撃が走った。中国のDeepSeekが、OpenAIのo1モデルに比べてタスクによっては 20〜50倍安い価格 でAIを提供し始めた。「価格競争の時代が来た」——業界は騒然となった。

Googleは動じなかった。 なぜか。

レストランの価格競争で例えるなら:

デパ地下で食材を買うレストラン(OpenAI、Anthropic)

  • 仕入れ値: 100円
  • 売値: 200円 → 利益100円
  • DeepSeekが「50円で売る」と安売り開始
  • 仕入れ値100円 > 売値50円 → 売れば売るほど赤字

自分の農場を持つレストラン(Google)

  • 仕入れ値: 20円(自前農場)
  • 売値: 200円 → 利益180円
  • DeepSeekが「50円で売る」と安売り開始
  • 仕入れ値20円 < 売値50円 → まだ利益が出る

価格破壊は、コスト構造が身軽な企業を有利にする 。Googleはまさにその位置にいる。

リスク: 巨人ゆえの弱点

Googleは圧倒的な強さを持つ。でも、完璧な帝国はない。

  • 独占禁止法リスク: 2024年8月、米国地裁がGoogleの検索独占を違法と判断。EUでは累計 100億ユーロ超 の罰金。仮に検索事業とAI事業が分割されれば、エコシステムの優位性は減じる
  • プライバシー規制: EUのGDPR、米国の州法強化。ユーザーデータの活用が制限されると、データ優位性が削がれる
  • 中国市場への不在: Googleサービスは中国で使えない。14億人 の市場から排除されている。中国ではDeepSeekなどのローカル企業が優位
  • 巨大組織の宿命: 意思決定の遅さ、イノベーションのジレンマ。スタートアップのような身軽さはない

これらのリスクは無視できない。だが、それを考慮しても、「自前のインフラ」「30億人の生活圏」という構造的強さは容易には揺るがない。

あなたはどの土俵で戦うのか

AI市場は、新しい段階に入った。

2024年 、勝負は「誰が一番賢いか」だった。 2026年 、勝負は「誰のインフラで、何億人が、毎日、無意識に使っているか」だ。

ChatGPT: 先駆者として圧倒的な知名度。でもインフラは借り物。2025年半ば、一部でGoogleのチップに頼る事態に。集客コストが恒常的にかかる。

Claude: コーディング能力は開発者から高い支持。品質で差別化。でもスケールに限界がある。エコシステムがない。

Perplexity: 検索という武器で差別化。独自モデル+外部モデルのハイブリッド。でもインフラは借り物。生活圏への統合度は低い。

Copilot: Microsoftは「仕事の生活圏」を握る。Windows・Office・Teams・GitHubの上に、AIを自然に溶け込ませている。OpenAI投資と自社AI開発の二重戦略が吉と出るか。

Llama: Metaは堀を埋めて公園にする。AIモデルをオープンウェイトで広く配り、約40億人のSNS生活圏の価値を高める戦略。異端だが、構造的に合理的だ。

Apple: クラウドの外でも本気で戦える、数少ない大規模プレイヤー。約25億台のデバイスをAI端末に変え、プライバシーを武器にする。規制強化の時代に強い。

Gemini: 自前のチップ(TPU)で数倍レベルのコスト効率。Gmail 約18億、YouTube 20億超、Android 30億台超。新規ユーザー獲得コストはほぼゼロ。ただし、規制リスクと中国市場不在。


あなたが今日ChatGPTを使うとき、それはOpenAIのビジネスを支えている。

あなたが今日Gmailでメールを書くとき、それは無意識にGeminiを育てている。

AI市場の勝負は、もう「誰が賢いか」では決まらない。 「誰の土俵で、何億人が、毎日、無意識に使っているか」で決まる。

MetaもMicrosoftもAppleも、それぞれ自前シリコンと巨大な生活圏を持ち、「もう一つの帝国」として育ちつつある。この先、どの帝国が伸びるかは予断を許さない。

とはいえ、2026年時点で「自前のクラウド用AIチップ」と「30億人規模の生活圏」を同時に持ち、検索・スマホOS・動画配信・メールまで一気通貫で握っているプレイヤーは、Googleが最も典型的な存在だ。「チップから配信チャネルまで」を一社で完結させている規模と範囲では、Googleが頭一つ抜けている。

これは「IQ競争」ではない。「兵站戦争」 だ。 そして兵站を握る者が、戦争に勝つ。


本稿のデータは2026年2月時点のものであり、AI業界の状況は急速に変化する。構造的分析は時点を超えて有効だが、具体的な数値は最新情報を参照されたい。